大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和50年(ワ)9743号 判決

甲事件本訴原告(同事件反訴被告)、乙事件被告(以下、甲、乙両事件を通じて「原告松崎」という。) 松崎政雄

右訴訟代理人弁護士 内野経一郎

右訴訟復代理人弁護士 仁平志奈子

甲事件本訴被告(以下「被告鈴木」という。) 鈴木卓二

右訴訟代理人弁護士 麓高明

同 岡崎源一

同 長戸路政行

右麓訴訟復代理人弁護士 高間栄

同 深道辰雄

甲事件本訴被告(同事件反訴原告)、乙事件被告(以下、甲、乙両事件を通じて「被告佐久間」という。) 佐久間秀男

右訴訟代理人弁護士 麓高明

右訴訟復代理人弁護士 高間栄

同 深道辰雄

甲事件本訴被告、乙事件原告(旧商号、旭和興産株式会社。以下、甲、乙両事件を通じて「被告旭和」という。) 株式会社 旭和

右代表者代表取締役 小川寛

右訴訟代理人弁護士 小川休衛

同 木村英一

同 森寿男

同 心石舜司

主文

一  甲事件

1  原告松崎に対し、別紙物件目録記載の土地につき、

(一)  被告鈴木は、千葉地方法務局市川出張所昭和四九年一二月一七日受付第五八一八八号の根抵当権設定仮登記及び同出張所同日受付第五八一八九号の停止条件付賃借権仮登記の、

(二)  被告佐久間は、同出張所同月一八日受付第五八五五五号の停止条件付地上権設定仮登記の、

(三)  被告旭和は、同出張所同月一八日受付第五八五五六号の条件付地上権仮登記の移転登記の、

各抹消登記手続をせよ。

2  被告佐久間の反訴請求を棄却する。

二  乙事件

1  被告佐久間は被告旭和に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年四月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告旭和の原告松崎及び被告佐久間に対する主位的請求並びに原告松崎に対する予備的請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用

訴訟費用は、甲事件本訴、反訴及び乙事件を通じて、原告松崎と被告鈴木、同佐久間、同旭和との間においては、同原告に生じた費用は右被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、被告佐久間と被告旭和との間においては、被告旭和に生じた費用の四分の一を被告佐久間の負担とし、その余は各自の負担とする。

四  仮執行の宣言

この判決は、第二項1に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  甲事件

1  本訴請求の趣旨

主文第一項1及び第三項と同旨

2  本訴請求の趣旨に対する被告らの答弁

(一) 原告松崎の本訴請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告松崎の負担とする。

3  反訴請求の趣旨

(一) 原告松崎は被告佐久間に対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、別紙地上権目録(一)記載の地上権設定のため農地法五条一項三号に基づく千葉県知事に対する届出手続をせよ。

(二) 原告松崎は被告佐久間に対し、本件土地につき、前項の届出の千葉県知事発行に係る受理証明書を添付して、千葉地方法務局市川出張所昭和四九年一二月一八日受付第五八五五五号の停止条件付地上権設定仮登記の本登記手続をせよ。

(三) 訴訟費用は原告松崎の負担とする。

4  反訴請求の趣旨に対する答弁

主文第一項2及び第三項と同旨

二  乙事件

1  請求の趣旨

(一) 主位的請求

(1) 原告松崎は被告佐久間に対し、本件土地につき、別紙地上権目録(二)記載の地上権設定のため農地法五条一項三号に基づく千葉県知事に対する届出手続をせよ。

(2) 原告松崎は被告佐久間に対し、本件土地につき、前項の届出手続をしたうえ、千葉地方法務局市川出張所昭和四九年一二月一八日受付第五八五五五号の停止条件付地上権設定仮登記に基づく同月六日地上権設定契約を原因とする本登記手続をせよ。

(3) 被告佐久間は被告旭和に対し、本件土地につき、前記(1)、(2)の手続がなされたときは、昭和四九年一二月六日売買を原因とする前記地上権の移転登記手続をせよ。

(二) 予備的請求

(1) 被告佐久間は被告旭和に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年四月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 原告松崎は被告旭和に対し、本件土地につき、別紙地上権目録(二)記載の地上権設定のため農地法五条一項三号に基づく千葉県知事に対する届出手続をせよ。

(3) 原告松崎は被告旭和に対し、本件土地につき、前項の届出手続をしたうえ、同被告が同原告に対し金一〇〇〇万円を支払うのと引換えに、昭和四九年一二月二八日設定契約を原因とする別紙地上権目録(二)記載の地上権設定登記手続をせよ。

(三) 訴訟費用は原告松崎、被告佐久間の負担とする。

(四) (二)(1)につき仮執行の宣言

2  請求の趣旨に対する原告松崎、被告佐久間の答弁

(一) 原告松崎

主文第二項2及び第三項と同旨

(二) 被告佐久間

(1) 被告旭和の主位的請求及び予備的請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は被告旭和の負担とする。

第二当事者の主張

一  甲事件

(本訴)

1 請求の原因

(一) 原告松崎は、本件土地を所有している。

(二) 本件土地につき、

(1) 被告鈴木は、千葉地方法務局市川出張所昭和四九年一二月一七日受付第五八一八八号の根抵当権設定仮登記(以下「本件根抵当権仮登記」という。)及び同出張所同日受付第五八一八九号の停止条件付賃借権仮登記(以下「本件条件付賃借権仮登記」という。)を有している。

(2) 被告佐久間は、同出張所同月一八日受付第五八五五五号順位三番付一の停止条件付地上権設定仮登記(以下「本件条件付地上権仮登記」という。)を有している。

(3) 被告旭和は、同出張所同月一八日受付第五八五五六号順位三番付記一号の条件付地上権仮登記の移転登記(以下「本件条件付地上権仮登記の移転登記」という。)を有している。

(三) しかしながら、前項(1)ないし(3)記載の各登記は、いずれも実体の存しない無効な登記であるから、原告松崎は、本件土地の所有権につき、被告鈴木に対し前項(1)記載の各登記の、同佐久間に対し、同(2)記載の登記の、同旭和に対し同(3)記載の登記の、各抹消登記手続を求める。

2 請求原因に対する被告らの認否

請求原因(一)、(二)の事実は認める。

3 抗弁

(一) 被告佐久間

(1) 被告佐久間は、昭和四九年一二月六日、原告松崎との間において、農地である本件土地につき、同被告が同原告より別紙地上権目録(一)記載の地上権の設定を受ける旨の契約(以下「本件地上権設定契約」という。)を締結した。

(2) 被告佐久間は、同月一七日、原告松崎との間において、本件土地につき、本件地上権設定契約に基づき、農地法五条一項三号の届出の受理を停止条件とする停止条件付地上権設定仮登記手続をする旨の合意をし、右合意に基づき、本件条件付地上権仮登記手続を経由したものである。

(二) 被告旭和

(1) 被告佐久間は、昭和四九年一二月六日、原告松崎との間において、本件地上権設定契約を締結した(但し、右地上権の内容は、別紙地上権目録(二)記載のとおりである。)。

右契約において、原告松崎は、被告佐久間に対し、本件土地につき、農地法五条一項三号の届出の受理を停止条件とする停止条件付地上権設定仮登記手続をすることを約した。

なお、原告松崎は、本件地上権設定契約の成立について当初自白しながらこれを撤回し、否認しているが、右自白の撤回に異議がある。

(2) 被告旭和は、昭和四九年一二月六日、被告佐久間との間において、本件地上権設定契約に係る地上権(以下「本件地上権」という。)を被告佐久間より代金五七九〇万円で買い受ける旨の売買契約(以下「本件地上権売買契約」という。)を締結した。

右契約において、被告佐久間は、被告旭和に対し、原告松崎より本件条件付地上権仮登記手続を経由したときは直ちに被告旭和に右仮登記の移転登記手続をすることを約した。

4 抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)の事実は全部否認する(但し、本件土地が農地であることは認める。)。

(二) 同(二)のうち、(1)の事実は否認する。(2)の事実は不知。

(三) なお、被告旭和は、本件地上権設定契約の成立につき、原告松崎が当初自白しながらこれを撤回した旨主張するが、原告松崎は、後記再抗弁(三)、(四)記載の事情から、被告佐久間に対し、地上権設定登記(停止条件付地上権設定仮登記ではない。)をすることのみ承諾した旨主張したにすぎないから、本件地上権設定契約の成立そのものを自白したことには該らない。

5 再抗弁(仮定的)

(一) 本件地上権設定契約は、農地法五条、三条四項により無効である。

本件土地は農地であるところ、右契約は、農地について農地法五条所定の手続を経由せずに地上権を設定することを約したものであるから、同法五条、三条四項により無効である。

なお、右契約は当然に農地法五条所定の手続を経由することを停止条件としていると解するのは相当でなく、また、原告松崎は、被告佐久間との間で、右契約に右のような停止条件を付することを約した事実はない。

(二) 本件地上権設定契約は、公序良俗に違反するから民法九〇条により無効である。

当時本件土地に訴外小出秀夫が正当な占有権原なくプレハブの倉庫を建築し、その建築代金を建築請負業者に支払わなかったため、右業者やその意を受けた暴力団関係者に右倉庫を占拠され、原告松崎がその処理に困惑していたところ、被告佐久間は、同原告の無知と困惑に乗じて、右小出らを本件土地より退去させ、右プレハブの倉庫を撤去するための手段と称して、時価一億五〇〇〇万円余の本件土地に、原告にわずかに金一〇〇〇万円の対価を支払う約束で本件地上権を設定した。被告佐久間は、その一方で、昭和四九年一一月二八日訴外千代田テレビ電子学校に金一億一三七〇万円で本件地上権を売却する手筈を整えており、本件地上権設定契約により、原告松崎は、正当な地上権の対価の一一分の一しか受領できず、多大の損失を被るのに対し、被告佐久間は暴利をむさぼることになる。このような契約は、公序良俗に違反するというべきである。

(三) 本件地上権設定契約は、原告松崎において、地上権設定の意思表示につき、その要素に錯誤があるから無効である。

原告松崎は、前記のとおり本件土地より訴外小出秀夫らを退去させ、プレハブの倉庫を撤去するための手段として、被告佐久間に言われるままに、地上権の意義、内容も理解しないで、単に登記簿上「地上権」という文字を表示するだけで現実には何ら権利は発生しないと誤信し、被告佐久間に実印と印鑑証明書を交付して、本件地上権につき登記手続をすることを承諾した。仮に、これにより本件地上権設定契約の成立が認められるとしても、原告松崎において、地上権の意義、内容を理解しており、かつ、本件地上権の登記手続を承諾することにより本件地上権が設定されることを認識していたならば、本件地上権設定の意思表示をしなかったものであるから、その要素に錯誤がある。

(四) 本件地上権設定契約は、原告松崎と被告佐久間が通謀してなした虚偽の意思表示に基づくものであるから無効である。

原告松崎は、前記のとおり本件土地より訴外小出秀夫らを退去させ、プレハブの倉庫を撤去するための手段として、本件地上権の設定を仮装し、単に登記簿上、その旨の地上権設定登記手続をすることを被告佐久間との間において合意した。仮に、右合意により本件地上権設定契約の成立が認められるとしても、右契約は、右のとおり原告松崎と被告佐久間が通謀してなした仮装の意思表示に基づくから無効である。

6 再抗弁に対する被告佐久間、同旭和の認否

(一) 再抗弁(一)の主張は争う。

(二) 同(二)ないし(四)の事実は否認する。

7 被告旭和の再々抗弁(仮定的)

(一) (再抗弁(三)に対して)

原告松崎が錯誤に基づき本件地上権設定の意思表示をしたについては、同原告に重大な過失のあることは、同原告の主張自体より明らかである。

(二) (同(四)に対して)

被告旭和は、本件地上権設定契約、あるいは被告佐久間に対する本件条件付地上権仮登記手続が原告松崎と被告佐久間との間において通謀してなされた仮装のものであることをまったく知らずに、右仮登記を信頼して、前記のとおり本件地上権売買契約により本件地上権を買い受けて右仮登記の移転登記を受けた善意の第三者である。

8 再々抗弁に対する認否

再々抗弁事実は全部否認する。

(反訴)

1 請求の原因

(一) 被告佐久間は、昭和四九年一二月六日、原告松崎との間において、同原告所有の本件土地につき、本件地上権設定契約を締結した。

(二) 被告佐久間は、同月一七日、原告松崎との間において、同被告の本訴における抗弁3(一)(2)記載のとおりの合意をし、右合意に基づき、本件条件付地上権仮登記手続を経由した。

なお、原告松崎は、右合意の際、被告佐久間に対し、本件地上権設定のため農地法五条一項三号に基づく千葉県知事に対する届出手続を即時なしたうえ、本件条件付地上権仮登記の本登記手続をすることを約した。

(三) よって、被告佐久間は、原告松崎に対し、本件土地につき、本件地上権設定のため農地法五条一項三号に基づく千葉県知事に対する届出手続をすること並びに右届出の同県知事発行に係る受理証明書を添付して本件条件付地上権仮登記の本登記手続をすることを求める。

2 請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)のうち、本件土地が原告松崎の所有であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 同(二)のうち、本件条件付地上権仮登記手続が経由されていることは認めるが、その余の事実は否認する。

3 抗弁(仮定的)

本訴における再抗弁5(一)ないし(四)に同じ。

4 抗弁に対する認否

本訴における再抗弁に対する被告佐久間の認否6(一)、(二)に同じ。

二  乙事件

(主位的請求)

1 請求の原因

(一) 被告旭和の甲事件本訴における抗弁3(二)(1)に同じ。

(二) 被告佐久間は、本件地上権設定契約に基づき、本件条件付地上権仮登記手続を経由した。

(三) 被告旭和の甲事件本訴における抗弁3(二)(2)に同じ。

(四) 被告旭和は、本件地上権売買契約に基づき、本件条件付地上権仮登記の移転登記手続を経由した。

(五) よって、被告旭和は、

(1) 原告松崎に対し、被告旭和の被告佐久間に対する本件地上権売買契約に基づく登記請求権を保全するため、被告佐久間に代位して、被告佐久間に対して本件土地につき本件地上権設定(但し、その内容は別紙地上権目録(二)記載のとおり)のため農地法五条一項三号に基づく千葉県知事に対する届出手続をすること並びに右届出手続をしたうえ本件条件付地上権仮登記に基づく昭和四九年一二月六日地上権設定契約を原因とする本登記手続をすることを、

(2) 被告佐久間に対し、本件土地につき、前記(1)の各手続がなされたときは、本件地上権売買契約に基づき、右売買を原因とする前記地上権の移転登記手続をすることを、

それぞれ求める。

2 請求原因に対する認否

(一) 原告松崎

(1) 請求原因(一)についての認否は、甲事件本訴における抗弁に対する認否4(二)(三)に同じ。

(2) 同(二)のうち、本件条件付地上権仮登記がなされていることは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) 同(三)についての認否は、甲事件本訴における抗弁に対する認否4(二)に同じ。

(4) 同(四)のうち、本件条件付地上権仮登記の移転登記がなされていることは認める。

(二) 被告佐久間

(1) 請求原因(一)、(二)の事実は認める。

(2) 同(三)の事実は否認する。

(3) 同(四)のうち、本件条件付地上権仮登記の移転登記がなされていることは認めるが、その余の事実は否認する。

3 抗弁(仮定的)

(一) 原告松崎

甲事件本訴における再抗弁5(一)ないし(四)に同じ。

(二) 被告佐久間

(1) 被告佐久間が本件地上権売買契約を締結したのは、被告旭和の従業員水野繁外数名が被告佐久間を取り囲んで、契約書への署名、捺印を強要し、これに応じなければ、被告佐久間の身体に危害を加えかねない気勢を示して強迫したためである。

(2) 被告佐久間は、被告旭和に対し、昭和五一年七月一日の本件口頭弁論期日において、本件地上権売買契約を取り消す旨の意思表示をした。

4 抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)についての認否は、甲事件本訴における再抗弁に対する被告旭和の認否に同じ。

(二) 同(二)のうち、(1)の事実は否認し、(2)の事実は認める。

5 再抗弁(仮定的)

甲事件本訴における被告旭和の再々抗弁7(一)、(二)に同じ。

6 再抗弁に対する原告松崎の認否

甲事件本訴における再々抗弁に対する認否8に同じ。

(予備的請求)

1 請求の原因

(一) 被告旭和は、昭和四九年一二月六日、被告佐久間との間において、本件地上権売買契約を締結した。

右被告両名は、同月一〇日、合意に基づき右契約内容を一部補充したが、本件地上権売買契約においては、次の各約定がなされた。

(1) 被告佐久間は、昭和四九年一二月七日までに、本件土地上の建物を収去して本件土地を原状に復し、第三者を立退かせたうえ、同月一二日までに本件地上権を制限する負担があるときはすべての負担を除去して、完全な地上権として本件土地を被告旭和に引き渡す。

(2) 被告佐久間は、被告旭和に対し、被告旭和が本件地上権取得後、同月一五日までに責任をもって本件地上権を訴外千代田テレビ電子学校に代金一億一三七〇万円で売却することの斡旋をし、同日までに右代金を受領する。

(3) 被告旭和は、被告佐久間に対し、本件地上権の売買代金五七九〇万円を次のとおり支払う。

(イ) 被告旭和が被告佐久間より本件地上権設定の仮登記の移転登記手続を受けるのと引換えに、弁護士費用、登記費用等雑費として内金三〇〇万円。

(ロ) 被告佐久間が前記(1)の約定を履行したときは、同月七日に内金五〇万円、同月九日に内金七五〇万円。

(ハ) 内金九七〇万円の支払については、被告旭和と訴外柴田充啓が協議して決定する。

(ニ) 内金一〇〇〇万円(原告松崎に支払うべき本件地上権設定の礼金ないし権利金)及び残金二七二〇万円(被告佐久間の負債分)、は、訴外千代田テレビ電子学校から前記(2)の代金一億一三七〇万円が被告旭和に支払われたとき。

(4) 被告旭和及び被告佐久間は、いずれもその相手方が本契約に違反し、期限を定めた履行の催告に応じないときは、本契約を解除し、違約金として金五〇〇〇万円の支払を相手方に請求することができる。

(二) 被告旭和は、被告佐久間に対し、昭和四九年一二月六日内金三〇〇万円(前項(3)(イ))、同月七日内金五〇万円(同(3)(ロ))、同月九日内金七五〇万円(同(3)(ロ))、同月一〇日内金九七〇万円(同(3)(ハ))、以上合計金二〇七〇万円を支払った。

(三) 被告佐久間は、本件地上権売買契約における前記(一)(1)(2)の各債務を履行しないのみならず、本件土地につき、債務者を被告佐久間、債権者を被告鈴木とする本件根抵当権仮登記手続をなし、右(1)の債務に積極的に違反している。

(四) 被告旭和は、被告佐久間に対し、昭和五六年一月二三日の本件口頭弁論期日において、本件地上権売買契約を解除する旨の意思表示をした。

(五) 被告旭和は、昭和四九年一二月二八日、原告松崎との間において、農地である本件土地につき、同被告が同原告より別紙地上権目録(二)記載の地上権の設定を、対価金一〇〇〇万円で受ける旨の契約を締結した。

(六) よって、被告旭和は、

(1) 被告佐久間に対し、債務不履行による損害賠償として違約金五〇〇〇万円のうち金二〇〇〇万円の支払もしくは契約解除による原状回復請求として支払済みの金二〇七〇万円のうち金二〇〇〇万円の返還並びに右金員に対する訴状送達日の翌日もしくは右金員の受領後である昭和五一年四月九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金もしくは法定利息の支払を、

(2) 原告松崎に対し、前記地上権設定契約に基づき、本件土地につき、別紙地上権目録(二)記載の地上権設定のため農地法五条一項三号に基づく千葉県知事に対する届出手続をすること並びに右届出手続をしたうえ、被告旭和が原告松崎に対し金一〇〇〇万円を支払うのと引換えに、昭和四九年一二月二八日設定契約を原因とする右地上権設定登記手続をすることを、

それぞれ求める。

2 請求原因に対する認否

(一) 被告佐久間

(1) 請求原因(一)、(二)の事実は否認する。

(2) 同(三)のうち、本件根抵当権仮登記がなされていることは認めるが、その余の主張は争う。

(3) 同(四)の事実は認める。

(一) 原告松崎

請求原因(五)のうち、本件土地が農地であることは認めるが、その余の事実は否認する。

3 被告佐久間の抗弁(仮定的)

主位的請求における被告佐久間の抗弁3(二)に同じ。

4 抗弁に対する認否

主位的請求における抗弁に対する認否4(二)に同じ。

第三証拠《省略》

理由

第一甲事件について

一  本訴について

1  請求原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

したがって、原告松崎の本訴請求のうち、被告鈴木に対する請求は理由がある。

2  次に、原告松崎の本訴請求のうち、被告佐久間、同旭和に対する請求の関係において、右被告らの抗弁について判断する。

まず、本件地上権設定契約の成立の有無につき検討するに(なお、被告旭和は、原告松崎が右契約の成立について当初自白しながらその後これを撤回して否認した旨主張し、これに異議を述べているが、同原告は、被告佐久間に対して本件土地につき地上権設定登記をすることのみ承諾した旨主張したにすぎないことは、その主張の趣旨より明らかであるから、右契約の成立についての自白には該当せず、被告旭和の右主張は失当である。)、《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められる。

(一) 昭和四九年七月末ころ、原告松崎の叔父の訴外早川芳五郎(以下「早川」という。)より同原告に対し、遊休農地であった本件土地を、運送業を営んでいるという訴外小出英夫(以下「小出」という。)に自動車置場として賃料一か月一坪(三・三平方メートル)当り金五〇〇円、期間二年の一時使用目的で賃貸する話が持ち込まれ、同原告は、右契約につき公正証書を作成したうえ賃貸することを承諾した。その後、早川や小出との接触もなく、右公正証書も作成されないでいたところ、同年九月四日、突然、早川が同月分の本件土地の賃料として小出より預った金三七万九〇〇〇円を持参して、同原告のもとを訪ずれ、同原告は、一応これを受領した。すると、その後間もない同月中旬ころ、本件土地にプレハブの倉庫二棟(床面積各一〇〇坪約三三〇平方メートルの平家建)と事務所一棟(床面積四〇坪・約一三二平方メートルの二階建)(以下「本件プレハブ建物」と総称する。)の建築が開始された。これに驚いた同原告が早川に確認したところ、早川は、右建物は仮設のもので、賃貸借終了の際は撤去するとの小出の言を伝えたので、同原告は、これを見守ることにした。

(二) 本件プレハブ建物は、同月中旬、訴外大道運輸倉庫株式会社を経営していた被告佐久間が、小出より事業の協力を求められて、みずから名義上とはいえ注文主となって、訴外株式会社東洋ブルーハウス(以下「東洋ブルーハウス」という。)及び同有限会社柴田組(以下「柴田組」という。)に請負わせて建築させたものであった(なお、右請負代金支払のための約束手形は小出名義で振り出していた。)。

(三) 本件プレハブ建物がほぼ完成した同年九月末ころ、東洋ブルーハウスの担当責任者が原告松崎のもとを訪ずれ、右建物の建築代金の支払を小出より受けられず、小出の所在も不明で困っている旨伝えたので、同原告は、小出に対する不信感を募らせていたところ、その後間もなく、被告佐久間が同原告宅を訪ずれた。同原告は、早速、小出のことを尋ねると、同被告は、小出より受け取った金額三〇〇万円の小切手が不渡りになっており、小出は信用できないので、同被告において小出を本件土地より立退かせ、本件プレハブ建物も撤去させるから、本件土地を同被告に賃貸するよう申し入れた。そこで、同原告は、小出に本件土地を賃貸することを拒絶することにし、その旨電話で小出に伝えるとともに、同年一〇月中旬ころ、早川が小出より預ってきた同年一〇月分と一一月分の賃料(但し、小切手)の受領も拒絶した。

(四) 当時、本件プレハブ建物には建築代金の支払を受けられないでいた建築業者や、その意を受けた暴力団関係者が住みついて、これを占拠しており、原告松崎は、その処置に困惑していたところ、被告佐久間は、その後も、同原告に対し、小出の本件土地からの立退きと本件プレハブ建物の撤去を同被告の費用負担において引き受けることを条件に、右土地上で同被告みずから倉庫業を営むために重ねて右土地の賃借を申し入れたので、同原告は、これを承諾し、同年一一月七日、東京都墨田区所在の公証人役場において、同被告の依頼した弁護士岡崎源一(以下「岡崎弁護士」という。)立会いのもとで、本件土地を期間五年、賃料一か月一坪当り金五〇〇円で賃貸する旨の契約書を作成し、その作成日付を小出追出し対策上との理由で同年八月二五日付とするとともに、その旨(但し、臨時仮設建物敷地として一時使用目的で賃貸することとした。)の公正証書を作成した。

(五) その後間もない同月一四日、原告松崎は、本件土地を被告佐久間に賃貸したことにともない、同被告の進言により、先に小出より受領した賃料金三七万九〇〇〇円を小出宛に供託することにし、右供託手続を同被告の申出により同被告に依頼した。すると、同被告は、同原告より実印の交付を求めてこれを預ったうえ、同日付をもって右供託手続を完了させ、右実印は、翌日、同原告に返還したが、その間、同原告に無断で、右一四日付をもって同原告の印鑑証明書五通の交付を受けた。

(六) 同月二〇日夜、原告松崎は、被告佐久間に電話で呼び出されて東京都内九段のホテルグランドパレスに赴いたところ、ロビーで、同被告より、倉庫業を営むためには本件土地の半分を賃借すればよいことになったと言われ、その旨記載されているという図面付の契約書二通に署名捺印を求められた。同被告を信用していた同原告は、言われるままに右契約書の内容を検討せずに、その余の条件は従前のままと思ってこれに署名捺印し(右契約書が賃貸借期間を三〇年から五年に変更前の、かつ、欄外に「地代は壱年後に元に直す」旨記載前の甲第二号証)、さらに、右契約につき公正証書を作成するに必要と言われて、これまた内容を確認しないまま委任状二通に署名して、これらを同被告に手渡した。ところが、同原告は、その夜持ち帰った契約書を確認したところ、賃貸借期間が従前五年の約定であったものが三〇年に、賃料も一か月一坪当り金五〇〇円が金二五〇円にそれぞれ変更されているのを発見し、翌日、直ちに同被告に異議を述べた。これに対し、同被告は、その二、三日後に同原告宅を訪ずれ、賃貸借期間は従前どおり五年にすることに応じて右契約書の三〇年の記載を五年に訂正したが、賃料については、小出の追出しに費用がかかることを理由に一年だけ一か月一坪当り金二五〇円にすることを要求したので、同原告は、これに応じるとともに、右契約書の欄外にその旨を同被告に記載させた。その後間もなく、同被告は、同原告のもとに一か月分の賃料として金二〇万円を持参したので、同原告は、これを受領した。

(七) 同年一二月六日朝、原告松崎宅に岡崎弁護士の妻多賀子より電話が入り、同原告は、同女より、唐突に、被告佐久間のために同日中に本件土地につき地上権の設定登記手続をするように求められた。同原告は、その理由がわからずに同原告宅に来て説明するように求めると、間もなく同被告と岡崎夫妻が現れ、同被告や岡崎弁護士は、同原告に対し、本件土地より小出を追い出すには、従前の賃貸借では駄目で、本件土地につき地上権の設定登記が必要であると言い、さらに、右登記は小出を追い出した後は抹消すること及び右登記をすれば同原告に対し金一〇〇〇万円を支払うことを約束した。同原告は、右の金一〇〇〇万円は右登記を抹消するまでの間の保証金と理解したが、それでも右登記をすることに不安を覚え、その場に居わせた妻の父に相談したうえ、同被告らに対し、心当りの人に相談するために二、三日時間を貸してくれるように求めたが、強い難色を示され、さらに、その後間もなく同原告より呼び出されて来た叔父の早川も、小出追出しのためには地上権の設定登記もやむをえないと言ったので、いまだ同被告を信用していた同原告は、地上権と賃借権の相違点の満足な説明も受けず、地上権の何たるかも理解しないまま、漫然と小出追出しのために必要と考えて、やむなく本件土地につき地上権の設定登記をすることを承諾した。そこで、早速、同原告と同被告及び岡崎夫妻は、千葉県市川市内の司法書士大沢武(以下「大沢司法書士」という。)の事務所に赴き、本件土地につき同日付地上権設定契約を原因とする地上権設定登記手続をすることを同司法書士に委任して、同原告は、本件土地の登記済権利証と印鑑証明書を交付し、さらに必要書類に押印したが、その際はもとより、その後においても、地上権設定契約書そのものは同原告と同被告との間において作成されなかった。なお、同所で、地上権の存続期間につき同被告より満三〇年と言われた同原告は、地上権について正当な理解のないまま従前の賃貸借と同様に満五年を主張したが、大沢司法書士より少くとも満二〇年必要と言われ、実質小出追出しに要する期間中形式上登記するだけであると考えて、満二〇年とすることに同意した。

(なお、被告佐久間は、その本人尋問において、原告に対し、本件土地より小出を立退かせ、本件プレハブ建物を撤去するには数千万円の費用がかかるため、その費用を捻出するために本件土地に真実地上権を設定する必要がある旨説明して、同原告より本件地上権の設定登記手続をすることの承諾を得た旨供述し、《証拠省略》によれば、同被告は、本件プレハブ建物関係で同年九月一八日から同年一二月六日までの間に既に約一三七〇万円支出していたことが認められるが、右丙号各証の記載内容及び支出の時期並びに前記(二)の事実を併せ考えれば、右支出した金員のほとんどは、同被告が小出の事業に協力して本件プレハブ建物の建設のために名義上注文主となったことなどにより本来同被告自身が負担すべきであったものばかりというべきであり、これに対し、同原告において小出追出しのために数千万円も負担すべきいわれはないから、もしも、同原告において、地上権設定登記手続の承諾を求められた時点で、同被告の前記供述のごとき説明を受けたなら到底これを承諾するものとは解しがたい。右の諸点に加えて、同原告本人尋問の結果とも対比するとき、同被告の前記供述は、信用の限りでない。)

(八) 同年一二月九日、原告松崎は、本件土地の登記済権利証の返還を求めて大沢司法書士事務所に赴いたところ、同司法書士より、初めて、地上権は自由に売買できること、地上権の設定例は市川市内では極めて稀であること、地上権設定の場合は、地主は通常土地の時価の七割程度の対価を受けるものであることの説明を受けた。そして、当時、本件土地の時価は一坪当り約二〇万円、合計約一億五〇〇〇万円であったので、同司法書士より同原告が被告佐久間より支払を受ける金一〇〇〇万円では到底割が合わないと言われて、同原告は、地上権の設定登記手続の中止を求めたが、右手続は既に完了しているとの理由で、同司法書士にこれを拒絶された。

(九) その後間もなく、本件土地より本件プレハブ建物が全部撤去され、小出も原告松崎に対し、供託された金三七万九〇〇〇円を受領することで和解の申入れをしてくるなどしたため、同原告は、一応安心していたところ、同月二〇日ころ、本件土地に被告旭和の社用地である旨の看板が掲げられるに至り、初めて、被告佐久間の行動に疑心を抱くようになった。そこで、同原告は、被告佐久間と連絡をとろうとしたが、その所在がわからないでいたところ、同月二八日、大沢司法書士より同被告が来ている旨の連絡を受け、直ちに、同司法書士事務所に赴き、同被告に対し、背信行為をなじっていたところ、被告旭和の担当責任者水野繁(以下「水野」という。)が現れて、同原告に対し、本件土地について被告鈴木のために本件根抵当権仮登記及び本件条件付賃借権仮登記を承諾したことの有無の確認を求めた。それまで右登記がなされていることを知らなかった同原告は、これを否定したところ、水野より、いきなり書面を提示されて、右登記を承諾していないなら右書面に署名捺印するよう迫られた。同原告は、事情を理解しないまま、これを拒絶したところ、大沢司法書士が右書面に数行書き入れて、大丈夫だから署名捺印するように言ったので、内容も見ないで右書面に署名捺印し(右書面が乙第六号証であり、同司法書士の書き入れた部分が右書面中段の「前記の根抵当権等を鈴木卓二において抹消しない場合は以下記載のとおりに致します。」との部分である。)、その場は、それで終った。

(一〇) ところで、被告佐久間は、これに先立つ同年一一月下旬、柴田組の代表取締役柴田充啓(以下「柴田」という。)より、訴外千代田テレビ電子学校(以下「千代田テレビ」という。)が本件土地に学生寮を建築する希望を有しており、本件土地に地上権を設定し、本件土地上の本件プレハブ建物を撤去して更地にすれば、右地上権を一坪当り金一五万円、合計金一億一三七〇万円で売却できる旨の話を持ち込まれ、右の話の内容が実現すれば多額な利益が見込まれることから、これに応じることにした。ところが、本件土地を早期に更地にするには本件プレハブ建物を占拠していた建築業者や暴力団関係者に相当多額の出費が必要であったところ、同被告は、その資金繰りがつかなかったため、本件土地の地上権を一旦他の不動産業者に買い取らせる形で右業者に資金を出させたうえ、千代田テレビに転売することを計画し、柴田を通じて、千代田テレビの理事長という訴外廣瀬武夫作成に係る同被告宛の同年一一月二八日付本件土地の地上権買付依頼書を取得した後、同月末ころ、柴田の知人訴外池田某の紹介を得て、右買付依頼書を持参して右の話を被告旭和に持ち込んだ。その後、右被告両名の話合いの中で、被告佐久間は、被告旭和に対し、賃貸借契約書を示して原告松崎に対して本件土地につき賃借権を有することを説明するとともに、同原告に対する地上権設定の対価として金一〇〇〇万円、立退撤去料として金八〇〇万円、倉庫建築費として金九七〇万円、被告佐久間の負債分として金二七二〇万円、弁護士費用、登記雑費として金三〇〇万円、合計金五七九〇万円を被告旭和が支出すれば、原告松崎より本件土地に地上権の設定を受けたうえ、同年一二月中に千代田テレビにこれを金一億一三七〇万円で売却でき、多額の利益が得られることを説明し、被告旭和は、右地上権を被告佐久間から買い受けたうえ、これを千代田テレビに転売することを大筋で了承した。そこで、被告佐久間は、同月六日、前記(七)で認定した経緯で、原告松崎より急ぎ本件土地に地上権の設定登記手続をすることの承諾を得て、同原告を伴い、大沢司法書士事務所に赴き、同司法書士に右登記申請手続を委任する一方、被告旭和に対して、同事務所まで本件地上権の売買代金の内金として金三〇〇万円(弁護士費用、登記雑費)を持参するよう連絡し、同日、同所で被告旭和の担当責任者水野との間で、口頭で、本件地上権を被告旭和が被告佐久間から代金五七九〇万円で買い受ける旨の本件地上権売買契約を締結したうえ(なお、右契約内容等の詳細は、後に判断する。)、右内金三〇〇万円を受領したが、被告佐久間は、同事務所に来た水野を外に約三〇分待たせるなどして、原告松崎と水野を会わせないようにした。

(一一) その後における本件土地についての地上権設定登記手続は、大沢司法書士において、本件土地が農地であり、したがって、本件地上権の設定には農地法五条所定の手続が必要であることを看過して、地上権の設定登記の申請をし、さらに、これを受理した登記官も同様の過誤をしたため、昭和四九年一二月一〇日受付第五六七四三号をもって、原因同月六日設定契約、目的木造建物所有、存続期間満二〇年、地代三・三平方メートルにつき一か月金五〇〇円、支払期毎月末日、地上権者被告佐久間とする地上権設定登記がなされたが、その後間もなく右登記は職権抹消された。その通知を受けた大沢司法書士は、原告松崎より先に右地上権設定登記の申請のために交付を受けていた登記申請委任状に同原告の了解を得ることなく加筆訂正して、これを農地法五条一項三号の届出の受理を条件とする同月六日付条件付地上権設定契約に基づく地上権設定仮登記の登記申請委任状に変更したうえ、これを利用して本件条件付地上権仮登記をし、さらに、被告旭和の依頼により、右仮登記の移転登記をした。

以上の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》また、右認定に牴触する丙第一三号証についても、これが原告松崎自身署名捺印したとする被告佐久間本人尋問の結果は、右丙号証の同原告の住所、署名、捺印部分を丙第一五、一六号証と対比するとまったく同一で、右部分は右三通一体として複写されたものであることが明らかであり、その記載の形式自体から作成経緯に疑義があること並びに《証拠省略》に照らして到底信用しがたく、他に右丙第一三号証の成立の真正を認めるに足りる証拠はないから、右丙号証も右各事実の認定の妨げとならず、他に、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の(一)ないし(一一)の各事実に基づき考えるに、(七)の事実によれば、原告松崎は昭和四九年一二月六日被告佐久間に対し本件土地につき本件地上権(その内容は別紙地上権目録(一)記載のとおり)の設定登記手続をすることを承諾したことは明らかであり、農地である本件土地につき右登記手続をするためには法律上当然に農地法五条所定の手続が必要であることに鑑みれば、原告松崎が右登記手続を承諾した意思の合理的解釈として、本件土地に本件条件付地上権仮登記をすることも同原告の右承諾意思の中に包含されるものというべきである。したがって、(一一)で認定したとおり大沢司法書士が同原告に改めて承諾を求めることなく本件地上権の設定登記手続のための同原告の登記申請委任状に加筆訂正して本件条件付地上権仮登記手続をしたことも同原告の意思に基づくものといわなければならない。

右のとおり、同原告において被告佐久間に対し本件地上権の設定登記手続をすることを承諾し、これに基づき現実に登記手続がなされている以上、客観的にみれば、同原告が同被告に対し本件地上権を設定する意思が表示されているものと評すべきであり、したがって、本件地上権設定契約の成立は、これを肯認しなければならない。

3  しかしながら、前項(一)ないし(六)で認定した原告松崎が本件地上権の設定登記手続を承諾するに至るまでの経緯、(七)で認定した右承諾時の状況及び(八)、(九)で認定した右承諾後の同原告の態度並びに(一〇)で認定した本件地上権売買契約成立に至る経緯を総合して判断するとき、同原告は、被告佐久間に対しては、当初より、同被告がその費用負担において小出の本件土地からの立退きと本件プレハブ建物の撤去を引き受けることを条件とした同被告からの本件土地賃借の申入れに基づき、同被告が本件土地で倉庫業を営むために本件土地を賃貸する意思を有していたにすぎず、それが本件土地に本件地上権の設定登記手続をすることを承諾するに至ったのは、同原告の無知に乗じて本件土地に地上権の設定を受けたうえこれを千代田テレビに売却することにより多額の利益を得ることを目論んだ同被告の巧みな言辞に惑わされ、地上権の何たるかも理解しないまま真に小出追出しのためには地上権設定登記手続が必要であると考えたからにほかならず、したがって、同原告は同被告に対して真実本件地上権を設定する意思なくして本件地上権の設定登記手続をすることを承諾したにすぎないというべきである。そして、同被告の内心の意図はともあれ、小出追出しのためには右登記手続が必要であるとの同被告の申入れに応じて、同原告は、小出追出しのために本件地上権の設定を仮装する意思で右登記手続をすることを承諾したものであるから、本件地上権設定契約は、同原告よりみれば同原告の再抗弁(四)のとおり、同被告と通謀してなした虚偽仮装の意思表示に基づくものというべきである。

してみれば、本件地上権設定契約は、同被告との関係において、同原告主張のとおり民法九四条一項により無効であるから(なお、被告佐久間の抗弁3(一)(2)の事実は、これを認めるに足りる証拠はない。)、同被告は同原告に対し、右無効な契約に基づく本件条件付地上権仮登記を抹消すべき義務があるといわねばならない。

4  進んで、被告旭和との関係についてみるに、同被告は前記2項(一〇)、(一一)で認定したとおり被告佐久間との間の本件地上権売買契約に基づき本件条件付地上権仮登記の移転登記手続を経由したものであるから、被告旭和が民法九四条二項にいう第三者に該当することは明らかである。

そこで、被告旭和が再々抗弁(二)のとおり善意の第三者といえるかどうかについて検討するに、同被告の担当責任者であった証人水野繁は、本件地上権設定契約が通謀虚偽表示であったことにつき同被告はまったく善意であった旨証言しているが、前認定のとおり、被告旭和は、原告松崎が被告佐久間に対して本件地上権の設定登記手続をすることを承諾する以前より本件地上権の売買の話を進め、同原告が右登記手続をすることを承諾して大沢司法書士に右登記申請手続を委任した直後に本件地上権売買契約を成立させており、その間、被告佐久間より本件土地の賃貸借契約書は示されたものの、同原告と被告佐久間との間の本件地上権の設定契約の成立を証する契約書等の書面はまったく示されていないにもかかわらず、同原告に対して地上権設定の意思の有無の確認をとる手段をまったく講ぜず(これと異なる証人水野繁の証言は同原告本人尋問の結果に照らして信用できない。)、被告佐久間の言を鵜呑にしていること、証人水野繁の証言によっても、被告旭和は、当時本件土地の時価が一坪当り約金二〇万円、合計約金一億五〇〇〇万円もすることを認識していたことは明らかであり、それ故にこそ、本件地上権を千代田テレビに代金一億一三七〇万円で売却できる旨の被告佐久間の言を信用したものと推測されるところ、前認定のとおり本件地上権売買契約における代金額は金五七九〇万円と低額であり、被告旭和は、被告佐久間とともに千代田テレビへの転売により一か月足らずの間にその差額金五五〇〇万円余の多額の利益の取得を目論んで本件地上権売買契約を締結したことが明らかであること、それに対し、前認定のとおり被告旭和が被告佐久間より説明を受けた本件地上権売買契約における代金五七九〇万円の内訳は、地主である原告松崎に対する地上権設定の対価としての支払はわずか金一〇〇〇万円であり(なお、前記2項冒頭に挙示した各証拠によれば、同原告は本件土地の賃貸借契約締結の際被告佐久間から権利金をまったく受取っていないことが明らかであり、右契約書にも権利金授受の記載がないことが認められる。)、その余は、立退撤去料金八〇〇万円、倉庫建築費金九七〇万円、被告佐久間の負債分金二七二〇万円、弁護士費用、登記雑費金三〇〇万円と、すべて本来地主である同原告が負担すべきいわれのないものばかりであり、右の点からみただけでも、被告旭和としては、本件地上権売買契約締結当時、当然に本件地上権の設定過程に対して重大な疑念を抱いてしかるべきであること、前認定のとおり本件地上権売買契約成立当時は、いまだ本件地上権に関する登記は完了しておらず、実際に本件条件付地上権仮登記がなされたのは、それから約一〇日後の同年一二月一八日であり、被告旭和は、時間的にみて、一旦なされて職権抹消された本件地上権の設定登記や現実になされた右仮登記を信頼して本件地上権売買契約を締結した関係にはないこと、以上の諸点を総合して判断するとき、被告旭和がその主張のごとく善意であったとは到底認めがたく、右主張に副う前記水野証言は信用できず、他に、同被告の善意を認めるに足りる証拠はない。

してみれば、被告旭和との関係においても、本件地上権設定契約は原告松崎主張のとおり民法九四条一項により無効であるから、同被告は同原告に対し本件条件付地上権仮登記の移転登記を抹消すべき義務があるといわねばならない。

5  以上の次第で、原告松崎の被告鈴木、同佐久間、同旭和に対する本訴請求はすべて理由がある。

二  反訴について

既に本訴において判断したとおり、被告佐久間主張の本件地上権設定契約は原告松崎主張のとおり無効であるから(なお、反訴請求原因(二)の事実は、これを認めるに足りる証拠はない。)、これが無効であることを前提とする同被告の反訴請求はすべて理由がないことに帰する。

第二乙事件について

一  主位的請求について

甲事件本訴において既に判断したとおり、被告旭和主張のとおり本件地上権設定契約及び本件地上権売買契約の成立は認められるが、原告松崎主張のとおり本件地上権設定契約は無効であるから、これが有効であることを前提とする被告旭和の同原告に対する主位的請求は理由がないことに帰する。

また、被告旭和の被告佐久間に対する主位的請求も、本件地上権設定契約が無効である以上、被告佐久間の抗弁について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

二  予備的請求について

1  まず、被告佐久間に対する請求について検討する。

(一) 昭和四九年一二月六日、被告旭和と被告佐久間との間において本件地上権売買契約が締結されたことは、甲事件本訴において判示したとおりであるが、《証拠省略》によれば、その後、右被告両名は、本件地上権売買契約の内容についてさらに協議し、同月一〇日、約定書(乙第三号証)を作成して、右契約内容として、予備的請求原因(一)(1)ないし(3)記載のとおり合意したことが認められ(る。)《証拠判断省略》(なお、乙第二号証は、前掲乙第三号証との記載内容の対比、殊に、乙第二号証中の解約手附金二〇七〇万円の授受完了の記載部分や違約金五〇〇〇万円についての記載部分が乙第三号証にはないこと並びに被告佐久間本人尋問の結果に照らすとき、乙第三号証よりも相当日数経過後に作成されたものであることが推認される。)。

(二) ところで、被告佐久間は、本件地上権売買契約は被告旭和の従業員らの強迫により締結した旨主張するが、約定の補充を含めて右契約が成立した同月一〇日までの時点でみるかぎり、右主張に副う被告佐久間本人尋問の結果は、証人水野繁の証言及び甲事件本訴において認定した右契約成立に至るまでの経緯に照らして到底信用しがたく、他に、これを認めるに足りる証拠はない。

(三) 《証拠省略》によれば、予備的請求原因(二)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(四) 《証拠省略》によれば、予備的請求原因(三)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない(なお、右事実のうち、本件土地につき、本件根抵当権仮登記がなされていることは当事者間に争いがない。)。

(五) 予備的請求原因(四)の事実は当事者間に争いがない。

右認定した解除の意思表示に先立ち、被告旭和が被告佐久間に対して相当の期間を定めた履行の催告をしたことの主張立証はないが、前項で認定した債務不履行の態様並びに本件地上権売買契約の目的となった本件地上権の設定契約が前認定のとおり無効であることにかんがみれば、右解除の意思表示は催告を要せずしてその効力を発生したものというべきである。

(六) してみれば、被告佐久間は被告旭和に対し、契約解除による原状回復義務として、被告旭和が支払済みの金二〇七〇万円のうち金二〇〇〇万円の返還義務及び右金員に対するその受領後である昭和五一年四月九日から完済まで民法所定の年五分の割合による法定利息の支払義務があるといわねばならない。

したがって、被告旭和の被告佐久間に対する予備的請求は理由がある。

2  次に、原告松崎に対する請求について検討する。

予備的請求原因(五)の事実については、これに副う証人水野繁の証言は《証拠省略》に照らして到底信用できず、乙第六号証も、その作成経緯は甲事件本訴において認定したとおりであるから(第一の一2(九)参照)、右乙号証から右事実までも認定することはできず、他に、これを認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告旭和の原告松崎に対する予備的請求も理由がない。

第三結論

以上の次第で、甲事件については、原告松崎の被告らに対する本訴請求はすべて理由があるから認容し、被告佐久間の反訴請求は理由がないから棄却し、乙事件については、被告旭和の主位的請求はすべて理由がないから棄却し、予備的請求は被告佐久間に対する部分は理由があるから認容し、原告松崎に対する部分は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 横山匡輝)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例